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福岡高等裁判所 昭和56年(う)12号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四年に処する。

原審における未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

理由

控訴の趣意は、弁護人太田晃、同丸山隆寛共同提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官橋本昂提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について。

所論は、要するに、原判決は、本件殺人の公訴事実については被告人がその運転する自動二輪車を警察官に衝突させることを未必的にも認容していなかったと判断し、殺意を否定したのに、単に警察官の至近距離に自車を高速度で接近させたという行為だけで、これを暴行であると断じ、本件を傷害致死と認定した、しかし原判決は、その一方では、被告人は検挙を免れるための逃走目的で、自車を警察官と東側歩道の空間に向って進行させたものであり、警察官をめがけてはいなかったこと、その際顔を下向きにしていたのはもっぱら恐怖心に基くものではなかったかということが疑われること等の事実を認めており、そうだとすると被告人が自車を警察官に接近させたのは、その身体に向って加えられたものとはいえないから暴行ではなく、暴行の故意もない、しかも本件致死の結果は、田中政義巡査の直前飛び出し行為がなければ発生しなかったものであるから、このような場合にまで暴行の結果的加重犯の責任を負わせることは余りにも酷である、原判決の事実認定には以上の点で判決に影響を及ぼすことが明らかな誤認があるというのである。

所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌すると、被告人は、本件交差点に進入した際、進路前方約二七メートルの横断歩道上に田中政義他一名の警察官を認めたのに、その停止命令に従わず自車をそのまま同人らのいる方向に走らせているが、これは同人らと左側歩道との間に未だ約三メートルの間隙があったので、そこを通り抜けて逃走しようとしたものであり、同人らをめがけて直進したわけではないこと、したがって被告人に未必的にせよ田中巡査を殺害する故意があったとまでは考えられないことは、原判示のとおりと認められるが、その反面原判決が、被告人が顔を伏せ良く前を見ないで進行したことについては、もっぱら恐怖心に基くものではなかったかということが疑われるとして、結局被告人が未必的にも自車が警察官に衝突することを認容していたとは認められないとした点には、疑問があると思われる(原判決のように、被告人が田中巡査らと歩道との間隙約三メートルを通り抜けて逃走しようとして自車を同人の至近距離に接近させたにすぎず、しかもその際自車が同人に衝突することを全然認容していなかったものとすると、時速七〇キロの高速度で接近させたとしても、これをもって直ちに暴行罪所定の暴行に当ると解するのは相当でない)。何故なら、本件交差点は照明設備のため夜間でも相当明るかったうえ、田中巡査らは夜光塗料をぬったチョッキを着用し、警棒を携行していたから、同人らの行動・位置などは夜目にもかなりはっきりと見ることが出来たこと、同人らは横断歩道上の一定位置にじっとしていたわけではなく、被告人から見て右から左へと移動しながら暴走族車の取締りに当っていたものであること、被告人は右状況を目撃しながら敢えて交差点内に進入し、同人らの停止命令を無視して同人らの前方を突破しようとしていること、特に同人らとの距離が未だ約二七メートルもある段階で、すでに東側歩道に三、四メートル位にまで近づいて来ている同人らを認めていながら、その直前をそれまでの時速約六〇キロメートルをさらに約七〇キロメートルに加速して通り抜けようとさえしていること、しかもその際ことさら顔を伏せ前方をよく見ないで運転し、東側歩道端から一・五メートルないし二メートル位の部分をほぼ一直線に進行して、田中巡査に殆ど正面衝突し、同人を即死させていること等の事情は証拠上疑いがなく、以上の状況に徴すれば、被告人としても、自車を時速七〇キロメートルもの高速度で田中巡査らの至近距離に接近、通過させることが危険であり、これに対する同人らの対応の仕方如何によっては自車を同人らに衝突させる事態を招来することぐらいは、認識していなかったとは考えられないからである。これに被告人が、頭をハンドルにつけ前かがみの姿勢で前をよく見ないで運転したことについては、捜査段階の間を通じほぼ一貫して、警察官に衝突するかもしれないと思い身を守るためにしたとの旨述べており、この供述は前記の状況に照らし十分信用できると思われること、原審第一回公判では自車を警察官に衝突させるかもしれないと認識していたことを認めていること(被告人作成の認否書参照、なお当審公判でも自己の右行為が危険なことはわかっていた旨述べている。)を合わせ考えると、すくなくとも被告人は、自車を田中巡査の至近距離に接近させる際、これを同人に衝突させ、負傷させるかも知れないことを認識しながら、それもやむを得ないと認容していたものと認めるのが相当である。したがって、これを否定しながら単に時速七〇キロメートルの高速度で自車を田中巡査に接近させた行為だけで暴行と認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるといわなければならない。以上の理由で、原判決は他の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。

そこで刑訴法三九七条一項、三八二条に則り、原判決を破棄し同法四〇〇条但書に従い、さらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和五四年九月二一日暴走族グループ「外道」に加入し、翌二二日午後一一時ころ、いわゆる集団暴走行為をするため自動二輪車(ホンダホークⅢ、福岡み三〇八五、排気量〇・三九リットル、重量一八〇キログラム、全幅約〇・七一五メートル、を運転して福岡県甘木市所在の寺内ダムに赴き、同所に集合していた「外道」に所属する普通乗用自動車約二五台、自動二輪車約一〇台、参加者約四、五〇人と合流し、「外道」のリーダー格の指示を得て、他の参加者と共に、時速七、八〇キロメートルの速度で信号無視を七、八回繰返しながら、福岡市内に入り、同市東区原田二丁目三一番三一号所在のパチンコ店ニューサンライト駐車場で同市内の暴走族グループ「フリッツ」に所属する自動二輪車六台と合流したが、「外道」のリーダーの「天神あたりを走ろう」という指示で、翌二三日午前一時ころ同所を出発し、「フリッツ」のメンバーらと高速を競い、時速約八〇ないし一〇〇キロメートルのスピードで信号無視をしながら東公園の横を通り千代町を経て千鳥橋に出て築港通りを西進し、途中左折して対馬小路通り等を経て橋口交差点に至り、同一五分ころ同市中央区天神一丁目一一番一七号先の信号機により交通整理の行われている天神交差点に時速約七〇キロメートルの速度で北側(橋口交差点方面)から差しかかった。

被告人は、同交差点の対面信号機が赤色信号を表示していたので同交差点において時速約六〇キロメートル以下に減速したが、「フリッツ」のA運転の自動二輪車(スズキGT三八〇)が加速しながら信号を無視して同交差点に進入し、北側(橋口交差点方面)から南側(渡辺通り方面)に向かい直進したので、これに負けてはならじと右自動二輪車に追いつこうとして同じく同交差点に赤色信号を無視して北側(橋口交差点方面)から南側(渡辺通り方面)に向かい直進して進入した際、折から同交差点の南側(渡辺通り方面)の横断歩道上の、東側歩道から約三メートルの地点で停止棒を上下に振って自車に停止を命じていた福岡県中央警察署交通課勤務巡査田中政義(当時二八歳)他一名を前方約二七メートルの地点に認めたが、検挙されたならば前に交通違反歴もあることから自動二輪車の免許取消処分を受けるであろうことをおそれ、これを免れるため、右命令を無視してあくまでも逃走しようと企て、自車の進路をやや東向きに変えて道路上を斜行して進行し、同人らと歩道間のすき間をできるだけ早くすり抜けるため時速を約七〇キロメートルに加速したが、すり抜けるためには同人の至近距離を走行しなければならず、その際同人の動き如何によっては同人に自車を衝突させ、その結果同人を負傷させるに至るかも知れないが、逃走するためにはそれもやむを得ないと決意し、衝突するかもしれないことにそなえて予め頭をハンドルにつけ前かがみの姿勢でよく前を見ないで、同人の至近距離に自車を接近させたため折しも元の地点から東寄りに移動していた同人に、東側歩道から約一・五メートルの地点で、自車前部を衝突させて同人をその場に跳ね飛ばし、心臓、肺臓破裂等の傷害を負わせ、よって、そのころ同所において同人を右傷害にもとづく外傷性出血及び高度の全身皮下気腫により死亡させるに至ったものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二〇五条一項に該当するので、所定刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入し、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 德松巖 裁判官 斎藤精一 柔原昭熙)

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